地震が起こった時は、僕は栃木、妻と二男はさいたま、長男は東京という状況であった。
さいたまとの連絡は、地震後二時間ほどで繋がったが、長男との連絡は取れなかった。
さいたまと長男との連絡も取れていないという。
夜になって、さいたまと長男との連絡が繋がって、
「帰宅難民になったので、友達のところまで歩いて移動、夜に到着」
ということが分かった。
それでも、翌日、長男の姿を目で見るまでは、心配だった。
たった数時間、連絡がとれなくてさえ、胸が痛んだ。
あの瓦礫の被災地で家族の安否が分からない方々の心痛は、量りしれない。
がんばれ、日本、
がんばれ、日本。
この記事へのコメント
ご自身ご心配でならないでしょうに、力強いメッセージに、テレビの前で呆然としている私の方が頬を張られるような思いです。
頑張りましょう。
頑張ってください!
本当にご心配でしょうが、希望を失わずにガンバテ下さい。沢山の人が非難・行方不明となっており、連絡を取る方法が殆ど皆無の状態が続いているようです。
頑張って下さい。
頑張って欲しい。
祈っています。